クリスマス特集10

2008年12月21日
わたしも仕事柄(営業)、人に会うのが商売。3年前の新人の頃は自分が話しをすることで精一杯だったけど、最近は少し余裕も出てきたりして、会話の合間合間に失礼かなと思いながら人間観察も怠らない。当然ですが、相手もわたしの人物評価をしているわけで、信用を得るためには人間的な成長が欠かせません。

そのなかで幾多の試練を経てきた、特にマネージする立場にいる落ち着いたミドルのビジネスマンにお会いすると、 仕事抜きでもっとお話しをしたい、聞きたいという欲求にとらわれます。大方このような人たちのお話しはおもしろく、教訓に富み、仕事以外の知識も豊富。話術も巧みで洗練されていらっしゃる。なによりも一貫したビジネス理念と人生哲学をお持ちのように感じます。仕事から離れた私生活は知らないけれど、それなりの素敵な毎日をおくられているのだろうと想像してしまいます。
特に逆境時のお話しは、それを乗り越えたときの痛快さをおもしろおかしくお話しされるのを聞くと、涙を流したり笑ったりと感激屋のわたしも忙しいのです。


E.Y 80’s

<Last Christmas Eve>矢沢永吉

わたしが生まれた同じ年、83年の11月にシングルとして発表されたクリスマス・ソング。矢沢が最も充実し、世界戦略を実行していたときのもの。

矢沢は49年広島市生まれ。母と別れ、父と死別し、極貧の少年時代をおくり、高校卒業と同時にギターと僅かなお金を持って上京とクラプトンやジョン・レノン、カート・コベインのようにまるで絵に描いたようなロック・スターの多感な少年時代をおくる。その後の矢沢を貫くハングリー・スピリットはこの時代に培われたものと思います。

75年、キャロル解散。
ソロとなって70年後半から80年代にかけて黄金期を築く。

矢沢には男気(侠気)ところがあります。そしてそれは決してブレないし、ミュージシャンである前に、自分が歩むべき道を定めているように思えてきます。自分のスタンスを確固と保ち、コマーシャリズムにも毒されることはない。ライヴを中心として活動し、ファンと直接接することを第一としている。
頼りになる男の道は平坦ではない。何かをやろうとすれば風当たりが強くなり、後ろ指を差される。それでも真ん中に太い棒が入っているように揺らぐことはない。己の人生は己が責任をとるのだ。

矢沢には、逆境から再起したビジネスマンに共通する信念を曲げない強さと不退の意志を感じるのです。
「男らしい生き様を見ろ!」と矢沢は語っているように思えるのです。
矢沢は男だ!まっしぐらにロックする男のなかの男だとわたしは叫びたい。

「歌謡曲ロック」などと揶揄するおバカな奴がいる。
その意味はロックの形を借りた歌謡曲ということらしい。別に歌謡曲をどうこう言うつもりはありませんが、ロックンロールに挺身している矢沢のどこがロックでないというのだろう。矢沢の体には熱いロックの血が沸騰しながら流れ巡っているというのに!


<矢沢語録>
・中学のあの多感な時期にビートルズに持っていかれた。こりゃぐれてる場合じゃないよって思えたね。
・目標を失ったとき一番苦しい。俺には音楽があった。
・おまえはほんとうに何が歌いたいんだ。その問いにオレは答えている。
・俺はこうしてビッグになった。誰もがビッグになれると信じている。
・コンサートは、音を聴くだけのところじゃない。何か気持ちをもって歌ってる男に、会いに行くものなんだ。
・今、どうしたらいいかわかんないヤツはね、また目的作りゃいーのよ。ニンジンをね、作っちゃう、 作ってまた走ればいいのよ、ま、世の中ね、シンプルな方がいいよ、単純バカかなんか知らんけど。
・俺はいいけど、YAZAWAは許さないと思う。
・何歳まで生きられるのか知らないけど、オレは役を与えられたんだ。矢沢永吉という役を。
・やっぱり、人生は自分との戦いなんだよね。
・ロックにゴールはない。声が出なくなるまでやり続ける。だって、ストーンズが前走ってるもん。
・いつの時代でもやる奴はやる。やらない奴はやらない。
・俺は生きていくザマを見てもらいたいよ。
・最高だよ。

ごもっともです。納得です

男!矢沢!


クリスマス・ソングは優しい矢沢の一面を表しています。アクティブに生きていても、ときにはつまずき、悲しくなって失望の闇に閉ざされても「俺がついているぜ!心配するな」と言っているような優しさを感じます。



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